失恋は成長するきっかけ!失恋から立ち直る前向きな考え方とは?

失恋 成長

失恋をすると悲しい気持ちになり落ち込みます。

友人や知人に話を聞いてもらっても、失恋の寂しさをごまかしているようでまた一人になると悲しさがこみ上げてきます。

このままではいけないと思いながらも、失恋の気持ちを前向きにすることは簡単なことではありません。

そこで「失恋は成長するきっかけ」と考えてみたらどうでしょうか?

これは私が失恋で苦しんでいた時に読んでいた本に書かれていた言葉で、失恋を前向きに捉えることで気持ちが軽くなります。

人生は出会いと別れの連続です。それは自分だけのことではありません。誰しも起こることです。

失恋する度にあなたが潰れる必要は全くありません。

それよりも成長する機会と捉えることで、何度でも立ち上がることができます。

仕事やプライベートを楽しんでいると、そのうち失恋した相手よりもさらに素敵な人に出会うことがあるでしょう。

今回は「失恋は成長するきっかけ!失恋から立ち直る前向きな考え方とは?」を紹介します!

失恋の未練の感情が成長を拒否してしまう

断念はそう簡単にできるものでは無い。
しかし、それにもかかわらず人は断念しなければならない。
恋人や配偶者と別れて絶望のどん底に陥り、孤独にさいなまれ死にたいと思う。
しかし、時は流れる。耐えていればいつしか、よく考えてみると自分にはもっと適した人、自分にふさわしい人がいるに違いない。そんな気もしてくる。
あるいは自分の人生の成長の過程でこの人は必要な人であった。
しかし、別れの時が来たのだ。これ以上一緒にいることがお互いを傷つけるだけの結果になる。
一時は辛いけど、結局別れることがお互いのためなのだと言う気が本当にしてくる。
(「対象喪失の乗り越え方」より)

失った悲しみ泣くのは問題ありません。それが人間の自然な感情です。

しかし、それをいつまで続けていても何の意味もありません。

自分を捨てた相手を責め続けていても何もならないのです。

誰にとっても別れは辛いもの。

しかし、別れが辛いときに、これはよりふさわしい人に会うための試練なのだと解釈しましょう。

長い苦悶があって、回復の新たな段階に進むことができます。

人生はまさに出会いと別れの連続です。

離婚の時が来ることもあるでしょう。

しかし、日本人の中にはそれでも離婚しないで不幸な状態にしがみついている人もいます。

不幸なのに離婚をしないと言うことが誇るべきことではありません。

別れる時が来ているのに別れないと言う事は、成長を拒否することでもあるのです。

自分への憎しみが成長を妨げる

本人もどんなに嘆いていても失われたものは返ってこないと承知している。
自分のしている事は意味がないと百も承知なのである。
こんな性格を直さなければいつまでも悩むとわかっている。
しかし、自分の気持ちをどうすることもできない。
自分を恨んでいればいるほど、嘆く気持ちをどうすることもできない。
完璧であることを自分に要求しているからである。

自分を憎んでいない人は失敗の経験を何とか次の成功へのステップにできないものかと考える。
そのような工夫ができないのが自分を恨んでしまった人なので、失恋した人にいつまでも未練があるのは1つにはこの自己憎悪があるからである。
自分に対する過度の要求の最たるものは、今述べた完璧主義である。
完全主義から言えば、私は彼女に愛される「べき」なのである。愛さなければならないのである。
(「対象喪失の乗り越え方」より)

逆境に弱い人、それは完全主義の人です。

人生に完璧を求めるからこそ、いつまでも未練がましく失ってしまった恋人へ執着し続けます。

失恋から来る悲しみの心理的作業を妨害しているのは、自分への憎しみなのです。

失恋そのものを認めることができないのです。

去っていった恋人、失われた希望、なくなってしまった財力、衰えた体力、それらを悲しみ嘆き、やがて新しく再生していくのが心理的健康な人間です。

失恋の悲しみと再生の喜びの中で、人間は新しく生まれ変わることができます。

それが完全ではない人間の生き方なのです。

悲しみと辛さは、人間を大きく成長させるための神様が与えた試練であると言えます。

しかし、人はあえて自らそれを求めようとは思いません。

自分を憎んでしまった人は失恋の気持ちからの再生ができないのです。

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